私の海藻との出会い  1/2/堀貫治 < 海苔百景 リレーエッセイ < 海苔増殖振興会ホーム

エッセイ&フォトギャラリー

海苔百景

海苔百景のトップに戻る 海苔百景のトップに戻る

リレーエッセイ 2023・秋
私の海藻との出会い  1/2
はじめに

私は高校時代までを生まれ故郷である鹿児島で過ごした。小中高時代は夏休みになると近くの川や海で遊んだが、海洋生物と言えばバケツ一杯に採れたアサリ、ハマグリ、マテ貝などの貝類を覚えている程度で、不思議に思えるほど海藻の記憶がない。大学に進学して、卒論研究(「受精における多精拒否現象のメカニズム解明」)のための実験材料としてウニ(受精実験用)やアメフラシ(酵素フコシダーゼ原料)を採集するために三崎や館山の海岸に出かけたが、そこでも海藻を意識することはなかった。大学院時代は「魚類の体表粘液毒に関する研究」グループに属して、サンプリングと称して三宅島や沖縄の海に潜り、研究材料のウバウオ科魚類の採集に努めたが、ここでも特に海藻に気を取られることはなかった。一方、この時に見た沖縄の海、珊瑚などの海洋生物の美しさに圧倒されたのは今でも鮮明に覚えている。特に、海底の砂地に身を半ば埋めた多数のシャコ貝の外套膜の色とりどりの美しさは格別であった。その後、この色はシャコ貝に共生する渦鞭毛藻が作っていることを知った。今思い返せば、渦鞭毛藻も海藻の一種だし、酵素フコシダーゼもアメフラシが餌の褐藻多糖(フコイダン)を消化吸収するために中腸腺で使用しているものであることを考えると、海藻と付き合う素地はこの頃からあったのかもしれない。

海藻との最初の出会い

海藻との出会いは、就職先の広島大学へ助手として赴任してからである。所属することになった研究室では、当時、伊藤啓二教授(故人)と宮澤啓輔助教授が海藻エキスの低分子含窒素化合物(アミノ酸類、ペプチド類、アミン類)やそれらの代謝関連酵素を研究対象とされており、赴任当初は私も海藻のアミン類を探索することになった。赴任して間もない頃、紅藻ハリガネBesa paradoxa(旧名Ahnfeltia paradoxa)の藻体採集を命ぜられ、クーラーボックスを一つ抱えて新幹線と在来線JRを乗り継いで広島から岩手県三陸町まで赴き、当時、三陸町に在った北里大学水産学部の先生方にご協力いただいて、ボックス一杯のハリガネ試料を得て帰広したことなど、貴重な体験をさせていただいた。1977年のことである。

海藻エキスとは、藻体を70%含水エタノールで抽出し、抽出液のエタノールをエバポレーターで減圧濃縮して除去後、ジエチルエーテル等で脱脂して得られる水溶性画分のことである。ハリガネの場合、奇異なことに脱脂中にパラパラと多量の板状結晶が析出するが、この結晶はcandicine-o-sulfateと命名した新規の天然化合物であることがわかった(図1)。既知化合物であるcandicineはtyramineのN-トリメチル化物で元々陸上植物サボテンから毒成分(マヤ文明時代、現地では矢毒として使用されていたとの言い伝えもあるらしい)として見いだされているが、その硫酸化エステルのcandicine-o-sulfate には毒性はなく、簡単な酸処理(脱硫酸)で得られたcandicineには強い毒性があることを確認できた。採集時期が異なるハリガネ藻体からはtyramineのN-ジメチル化物(hordenine)も見つかっていることから、これらcandicine-o-sulfateを含むアンモニウム塩基類はメチル基や海藻多糖に多い硫酸基の供与体として機能しているのかもしれない(図1)。

図1.紅藻ハリガネ藻体と含有アミン類
図1.紅藻ハリガネ藻体と含有アミン類
多種多様な海藻との出会い

アミン類の検索研究を数年間行った後、ライフワークとなった海藻の糖結合性タンパク質(レクチン)の研究を40年間程続けてきているが、この間、海藻サンプリングと称して国内外の多種類の海藻と出会う機会に恵まれた。採集した海藻は200種を越え、延べ数にするとその4〜5倍にもなる。国内では西日本が主な採集地で、和歌山県串本・加太湾から鹿児島県トカラ列島にまで及んだ。国外でもインドネシア、ベトナムの海に潜り、採集した海藻のレクチン探索に取り組んだ。各地の海藻との出会いは同時に採集各地の文化や人々との出会いでもあった。お陰様で、現在70種あまりの海藻レクチンライブラリーを組換え体として保有しているが、海藻レクチンは他生物由来レクチンには見られない分子構造や糖鎖結合特異性をもつ新規レクチン群を形成していること、多様な生物活性を示し応用価値が高いことなどを明らかにすることができた。考えて見れば、食材のみならずいろんな意味で私は海藻を食べて生きてきたのかもしれない。

各海藻との想い出は枚挙にいとまがない程であるが、美しいと感じた食用海藻を2種類ほど紹介したい。一つは紅藻カギイバラノリHypnea japonicaである(図2)。この糸状体様の海藻は和名にあるように先端のカギ状枝を使って主に褐藻類の枝に巻き付いて生息している。藻体が海水中で青白い蛍光を放ってゆらゆら揺れている様にはつい引き込まれてしまう。この海藻は波の荒い岩礁先に生息しているので、特に天候が悪い日のサンプリングはやっかいである。私の学位論文はこの海藻のレクチン(Hypninと命名)が主体となっており、思い入れのある海藻でもある。Hypninは多様な生物活性(がんマーカー結合性、抗腫瘍、抗ウイルス)を示し、診断薬を含む医療分野での応用が有望視されている。このレクチンは90アミノ酸で構成される低分子ポリペプチドで30分間煮沸しても失活しない。サンプリング後、この海藻をさっと茹でて酢味噌で食べたことがあるが、とても美味である。この海藻は八丈島ではブドと呼ばれる郷土料理に使われている。残念ながら、国内での海域養殖には成功していない。

図2. カギイバラノリHypnea japonicaの海中写真
図2. カギイバラノリHypnea japonicaの海中写真

「私の海藻との出会い  1/2/堀貫治 | 海苔百景 リレーエッセイ」ページのトップに戻る